GOEMON (2009)

紀里谷和明が約3年を費やして完成させた監督第2作となるスペクタクル活劇。戦乱の世を舞台に、世紀の大泥棒、石川五右衛門の活躍を驚異のビジュアルで描き出す。監督: 紀里谷和明 、キャスト:江口洋介、大沢たかお、 広末涼子

GOEMON (2009)のあらすじ

時は戦国時代、本能寺の変により織田信長が暗殺され、日本統一の理想を豊臣秀吉が引き継いだ頃の日本。一時の平和を謳歌していたが、上に立つ権力者は代わっても、民衆は依然変わらぬ飢えと渇きに苦しめられていた。そんな頃、”天下の大泥棒”として民衆の喝采を浴びていたのが大名や豪商の蔵を狙い、金銀財宝を奪っては貧しいものに分け与える義賊・石川五右衛門であった。

ある日、豪商・紀伊国屋文左衛門の屋敷の蔵へ忍び込み、金銀財宝と共にある一つの小さな箱を戦利品に加えるが、中身が入っていなかったことからあっさり子供にくれてやってしまった。ところがその箱には、織田から豊臣へと支配者が移った真相を書いた密書が秘められていたのだった。文左衛門の屋敷に太閤・豊臣秀吉からの勅命を受けた豊臣家家臣・石田三成と部下達は屋敷に乗り込むが既に箱は五右衛門に盗られた後だった。文左衛門の屋敷から逃げ延びた五右衛門は手下・猿飛佐助からその箱の影響で、文左衛門を含む親族・使用人ら屋敷の関係者全員が口封じを兼ねて皆殺しにされたことを明かした。天下統一を果たした豊臣勢が血眼になって探す箱に五右衛門は興味を示す。

五右衛門が捨てた箱を拾った子・小平太は病で床に伏す母の薬を買う金を得るためスリを生業にしていた。だが、昨晩小平太がスリを働いたが返り討ちにした悪徳役人・又八が小平太の家に押し入り、母親を惨殺してしまう。五右衛門と佐助が駆けつけて又八を撃退して一旦箱を自らの手に戻したが、三成からの追っ手が迫っていた。それはかつての五右衛門のライバル・霧隠才蔵だった。才蔵は秀吉と三成が”追う箱を”パンドラの箱”と呼ばれるものであることを告げた。

結果的に母親を失った小平太を引き取り3人で行動することになった”五右衛門一行。そこで”パンドラの箱”にはカラクリが隠された二重底になっており、中には地図が入っていた。その地図を頼りに行くとそこは廃墟となった荒れ寺であった。そこに”連判状”なる、謎の書物があったのだがその書物を見た途端五右衛門の目付きが変わり、その場に突如現れた伝説の忍・服部半蔵に”連判状”を明け渡す。五右衛門が半蔵にその”連判状”に書いてあることは事実なのかと説いたが、半蔵は否定しなかった。

その晩、大阪城の自室で秀吉は五右衛門の手で暗殺された。全てはあの”連判状”に書かれていたことだったのだ。”連判状”に描かれていたマークが”明智家”と”羽柴家”の家紋であり、15年前の本能寺の変に関わっていたのが明智光秀と羽柴秀吉であることが記されていた。即ち、太閤秀吉こそが信長暗殺を企てた張本人だったのだ。

次の日、五右衛門が目覚めるとアジトとしている廃墟だった。五右衛門が昨晩暗殺したのが秀吉の影武者で自身も秀吉のボディーガードに撃退されて命からがら逃げ出したことを思い出した。そして五右衛門を助け出した才蔵の口から、佐助と小平太は、大泥棒・石川五右衛門はかつて”織田信長直属の忍”であったことを知る。

かつて五右衛門は名のある武家の出であったが、家が没落して父親が目の前で切腹・母親が斬殺、祖母と共に逃亡するも山賊に無残に殺される過去があった。そんな五右衛門を救ったのが、織田信長だった。

“坊主、強くなれ。そうすれば何も奪われはしない。一緒に来るか?俺が強くしてやる”。

それから五右衛門は信長に引き取られ、ライバル・才蔵と共に服部半蔵の元で忍としての訓練を受けさせられ、超一流の身体能力と戦闘能力を誇る忍へと成長していく。そんな五右衛門の元に信長の姪・浅井茶々の護衛の任を与えられる。茶々は父親も母親も死に、叔父である信長に引き取られ安土城で暮らしていたのだが友達もおらず接するのは家臣か女中のみで寂しい思いをしているのではないかと案じた五右衛門が茶々を誘い出す。茶々は五右衛門と友達になれたのかなと尋ねるが五右衛門はその問いには答えなかった。その後茶々は成長して安土城を後にした。茶々の護衛の礼として五右衛門は信長から双剣を貰う。

だが、運命は訪れた。本能寺の変である。 信長は明智光秀が挙兵した軍に暗殺された。光秀は、万が一に備えて”連判状”に信長暗殺に自身と秀吉が加担している文章を書きそれを後世に残す為に隠れた場所に保管するように指示した。たが光秀は秀吉の手で暗殺され、天下統一の後継者は秀吉となった。信長の死後、尽くすべき主を失った五右衛門は自由になる為に織田家から出奔する意思を固め、侍になるべく石田三成直属の忍となる為残る意思を固めた才蔵は決別の証として信長の双剣を折り砕き、”布分”と刻まれた剣を才蔵が、”天下”と刻まれた剣を五右衛門が手にして2人はそれぞれの道は進んでいったのだ。

それから茶々も美しい絶世の美女へと成長して秀吉の居城・大阪城で暮らしていた。秀吉が茶々を引き取った目的が、茶々を秀吉の側室とすることであることを知るが、そこで茶々も秀吉が信長暗殺の張本人であることを知り、ある決意を固め秀吉の側室となることを決める。

才蔵と別れた後に忍を辞めた後の装備等を再び自分の元に戻した五右衛門はアジトに戻ると佐助と小平太の様子がおかしい。状況を聞いたところ小平太が佐助の小太刀を盗み、母親の仇である又八を街中の白昼堂々の中で殺したのだという。小平太は強くなって母の仇を殺したんだと息巻いていたが五右衛門が叱咤する。

“お前のお母さんは仇をとってくれなんて言ったのか⁉︎復讐なんて誰も望んじゃいねえんだよ‼︎”。

それから日がたち、秀吉と茶々の婚礼の儀式。五右衛門が1人信長の仇を取る為襲撃をかけるが、それと同時に三成からの命令を受けた才蔵が手下と共に秀吉暗殺の為行動を開始。三成は自身が秀吉の後継者として天下を統べる存在として秀吉暗殺を企てていたのだ。だが三成から口封じの為才蔵は殺されかけるが秀吉の暗殺も失敗。才蔵は捕まり拷問を受けることとなってしまう。佐助は五右衛門に才蔵を助けたら後々で面倒なことになるからやめろと忠告するが五右衛門は才蔵を助け出しアジトに運び入れる。だが佐助の杞憂は現実となってしまい、三成は才蔵の愛する妻を殺し息子を人質に取ったのだ。大阪城前に貼り付けにされ釜風呂の刑に処されることとなった。そこで才蔵は自らを石川五右衛門と名乗り、自身の名を轟かせる為に秀吉暗殺を企てたが失敗したことを語り、押し寄せた民たちに今苦しんでいるのはお前たちだろうと説いて秀吉の手で処刑される。

五右衛門も復讐の為大阪城を急襲し、秀吉の元へたどり着く。茶々も信長の敵討ちのため秀吉を殺そうとするが失敗し、俺を殺したら世が戦乱に戻るぞと説く。五右衛門は秀吉と対峙し何故信長の一番の家臣だったあんたが信長暗殺を企てなのかを尋ねると秀吉は淡々と答えた。

“俺は百姓の生まれだ。子供の頃から腹が減って仕方がなかった。信長様の無理難題に答えて出世していき今じゃ天下人の一番の家臣だ。でも腹の飢えが癒えることはなかった。そこで天下を取ってみたくなった”。

そこで秀吉も五右衛門に自由とはなんだと尋ねた。秀吉も自身が主を裏切ったことのケジメをつけるべく死ぬ覚悟を決めていた。運命からは逃げられないぞと五右衛門に最期警告し、五右衛門に討ち取られた。茶々を救出後にアジトに向かった。

秀吉亡き後徳川家康ら徳川軍と石田光成率いる石田軍が天下人の後継を巡り挙兵し、関ヶ原で激突する。

アジトで茶々から五右衛門が戦うのは友の敵討ちの為か、それとも恩人への忠義の為かと尋ねると五右衛門は誰もそんなことを望んでる訳じゃないと答えた。戦場に向かう途中、小平太と再会し”パンドラの箱”を託し、今よりも強くなれと小平太に説いた。

信長の遺品である、朱色の西洋甲冑と才蔵の遺品である双剣の片方を装備し五右衛門は関ヶ原に乱入し石田三成を討ち取る。そして徳川陣営で半蔵と対峙した五右衛門は自らの胸の内を暴きながら戦いに挑む。

“お前らが権力にすがるから終わらねえんだろうが‼︎皆が幸せにならねえんだよ‼︎”

半蔵を負かした後、家康に近寄った五右衛門は、必ず戦乱のない世の中を、皆が幸せになれる世の中を、平和な世の中を作ると誓えと言い寄る。だが五右衛門の身体には徳川軍の兵士として従軍していた佐助の手で致命傷を負う。関ヶ原の戦いが終結し、五右衛門もその場から去るが傷は深かった。

“絶景、絶景”。

五右衛門もそう言い残し、安らかな顔で眠りについた。

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